東京高等裁判所 昭和37年(ネ)888号 判決 1967年4月17日
控訴人 木暮正義
右訴訟代理人弁護士 若林修
同 上野清
同 遠藤誠
被控訴人 株式会社大生相互銀行
右訴訟代理人弁護士 山田岩尾
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し金九三万七、七五〇円及びうち金五一万三七五〇円に対する昭和三三年五月二〇日から支払ずみまで、金四二万四〇〇〇円に対する同年一一月二九日から支払ずみまで、各年六分の金員を支払うべし。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに金銭支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、双方においてそれぞれ次のとおり述べたほかは、原判決事実摘示と同じであるから、ここにこれを引用する。
控訴人の主張
一、本件特別定期預金債権(以下、本件預金債権という)の譲渡は、入沢茂兵衛のした死因贈与によるものであるが、死因贈与の場合にあっては、指名債権譲渡の対抗要件たる通知又は承諾は、贈与契約成立後贈与者の死亡前においてもなし得るものと解すべきところ、右贈与契約は昭和三二年八月上旬ころ締結され、茂兵衛は、その死亡前である同年一一月一九日ころ被控訴相互銀行沼田支店長熊崎八太郎に対して右死因贈与による債権譲渡の事実を通知し、同日熊崎からその譲渡の承諾を得た。
二、本件二口の預金債権は、入沢茂兵衛が被控訴相互銀行沼田支店に対して有した特別定期預金(無記名提起預金)合計金一五〇万円につき前記昭和三二年一一月一九日ころ右両者の合意により分割、書替をした結果生じたものであり、(残余は茂兵衛名義の普通預金に組入れられた。)、控訴人は旧定期預金債権金一五〇万円の死因贈与を受けたのであるが、この債権と本件預金債権とは同一性を有するから、右死因贈与の効力は当然に本件預金債権に及ぶ。
三、控訴人は茂兵衛の死亡後はじめて本件特別定期預金証書(甲第一、二号証)を見てその内容を了知した。従って、仮に本件預金債権につき被控訴人主張のように譲渡禁止の特約があったとしても控訴人は、これにつき善意の第三者であるから被控訴人は右特約をもって控訴人に対抗することができない。
被控訴人の主張
一、入沢茂兵衛がその生前の昭和三二年一一月一九日ころ被控訴銀行沼田支店長熊崎八太郎に対して本件預金債権の譲渡通知をし、または熊崎が同日これを承諾した事実はこれを否認する。
二、茂兵衛は、被控訴銀行沼田支店に対し昭和三二年一一月一九日現在(1)金額一〇〇万円、満期同年一一月一九日、(2)金額二〇万円、満期同月二八日、(3)金額二〇万円、満期同月二八日、(4)金額一〇万円、満期同月二八日、以上合計金一五〇万円の各特別定期預金を有していたが、同日右元金とこれに対する利息金のすべてである金一五七万二、五〇〇円の払戻しを受け、うち金九〇万円を新規に金額四〇万円と金額五〇万円の本件各特別定期預金として預入れ、残金中一〇万円を茂兵衛の被控訴銀行に対する既存同額に借入債務の返済にあて、その残余を茂兵衛名義の普通預金口座に預入れたのである。かようなわけで、本件特別定期預金は前記の日に新たに預入れられたもので茂兵衛の既存の定期預金の書替えにより生じたものでないから、その間に同一性がなく、従って仮に控訴人が茂兵衛から旧定期預金につき債権譲渡(死因贈与)を受けたとしても本件特別定期預金の帰属に影響を及ぼさない。
三、本件預金債権には譲渡禁止の特約があり、これを解除する譲渡の承諾は被控訴相互銀行本店の権限に属し、支店長限りで譲渡の承諾を与えることができないから前記沼田支店長熊崎が控訴人主張のような債権譲渡について承諾するはずがない。
四、控訴人は、右譲渡禁止の特約につき善意の第三者ではない。すなわち学本件預金証書(甲第一、二号証)には本件預金の譲渡ができない旨を明記してあり、控訴人がこれを所持する以上右特約の存在を知っていたものと認められるべきである。
証拠として<以下省略>。
理由
一、(一) 訴外入沢茂兵衛が被控訴相互銀行に対して(一)金額五〇万円、契約日並びに起算日昭和三二年一一月一九日、期間六カ月、満期昭和三三年五月一九日、利息年五分五厘、(二)金額四〇万円、契約日右と同じ、起算日昭和三二年一一月二八日、期間一カ年、満期昭和三三年一一月二八日、利息年六分とする特別定期預金債権(本件預金債権)を有したこと、茂兵衛が昭和三二年一一月二三日死亡したことは、当事者間に争いがない。
(二) 控訴人は、茂兵衛から死因贈与により本件預金債権の譲渡を受けたと主張するので、考えるに、
(1) <省略>茂兵衛は、妻ちようとの間に実子がなく、さきに兄入沢甚太郎の子みやを養子に迎えたが、みやが被控訴人主張の入沢正喜をもうけて死亡したため正喜は同女の兄入沢和喜司の子として出生届をされ、同人のもとで養育を受けることとなり、その後は結局群馬県利根郡水上町に夫婦だけで居住していたこと、控訴人は、ちようの妹木暮忠丈の子であるが、昭和二八年ころ茂兵衛の大病に際し看護に尽したのを機縁として同人から親愛の情を寄せられ、当時中央大学大学院に在学していたところその学資の援助を受け、ついで茂兵衛の出捐により控訴人肩書住所地所在の建物を買い受けてその所有権を取得し、昭和三〇年一一月ころには茂兵衛、ちようの両名は財産を整理して従前の居宅を引払ったうえ控訴人の右建物に転居し、控訴人と同居するに至ったこと、かようなわけで右同居に至るまでに茂兵衛、控訴人間で茂兵衛の老後の世話は控訴人が行い、反面茂兵衛は控訴人に対して将来所有資産を譲渡するという合意が少くとも暗黙に成立しており、以後事実上親子同様の生活が続けられて来たところちようが昭和三二年四月二四日死亡し、その百カ日の法要を営んだ直後の同年八月三日ころ茂兵衛は、同人の死亡の際の諸事万端を控訴人に託し、かつ主たる資産である被控訴相互銀行沼田支店に対する定期預金、普通預金等の預金を指して、控訴人に対し「自分が死ねば右預金を全部おまえにやる」という趣旨を述べ、預金証書や印の所在を教え、控訴人もこれを承諾したことが認められる。
(2) <省略>茂兵衛は控訴人に対する前記譲渡当時被控訴相互銀行沼田支店に対し(イ)金額一〇〇万円、預入日昭和三一年一一月二〇日、満期昭和三二年一一月一九日、(ロ)金額二〇万円、預入日昭和三二年六月一二日、満期同年一一月二八日、(ハ)金額二〇万円、預入日、満期ともに(ロ)と同じ、(ニ)金額一〇万円、預入日、満期ともに(ロ)と同じ、という四口合計金一五〇万円の特別定期預金とその他に普通預金を有したが、(イ)の満期日の昭和三二年一一月一九日茂兵衛が同沼田支店に赴き、支店長熊崎八太郎との合意により(ロ)、(ハ)をあわせて金額四〇万円、起算日を右満期日と同日とする本件金四〇万円の特別定期預金、(イ)のうち金五〇万円をもって金額これと同額、契約日並びに起算日を(イ)の満期日と同日とする本件金五〇万円の特別定期預金に書替え、継続することとし、(イ)の残金と(イ)ないし(ニ)に対する約定利息は茂兵衛名義の普通預金口座に組入れ、(ニ)の金一〇万円は同人の右沼田支店に対する同額の借入金債務の返済にあてたことを認めることができ、以上の事実によれば本件二口の特別定期預金は茂兵衛が沼田支店に対して有した(イ)ないし(ハ)の三口の特別定期預金の全部または一部を書替えたものにはかならず、新旧の両特別定期預金はすくなくとも本件譲渡の目的たるや否の点においてはその同一性を保持するものと解してさしつかえないというべきである。
前掲乙第一〇号証には前記(イ)、(ロ)、(ハ)三口の定期預金が昭和三二年一一月二〇日いずれも払戻により残高皆無となった旨の記載があるけれども、同号証には更にこれに引き続いて同日付で本件二口の特別定期預金について入金の記載があるのであって、その間現金の授受の行われた形跡はなく、前掲証人熊崎八太郎の証言を通じてみれば、同人は一貫して茂兵衛の旧特別定期預金が一部払戻され、残余が書替えられた旨を述べ、かような点に照らせば、上掲残高に関する記載は乙第一〇号証の帳簿の記載の整理上のものにすぎないと認めるのが相当であり、この点に関する被控訴人の主張は採用するに足りない。
右(1)、(2)の認定事実に基けば、茂兵衛は、書替前の前記特別定期預金について少くとも昭和三二年八月三日ころ同人が死亡したときこれを控訴人に贈与する旨の意思表示をし、そのころ控訴人がこれを承諾したことにより右当事者間にいわゆる死因贈与、すなわち茂兵衛の死亡によって効力を生ずべき無償の債権譲渡がなされたものと認めるのが相当であり、その効力は、これと同一性を有する書替後の本件預金債権に及ぶものというべきことが明らかである。
<省略>乙第四号証の一、二によれば、その作成日付の昭和三二年八月二一日当時茂兵衛が前記忠丈に対し嫌悪の感情を抱いていたことがうかがえるが、原審証人木暮忠丈の証言(第二回)によれば右は茂兵衛の妻ちようの死後その遺物の処置について忠丈が一時茂兵衛の不與を買ったものに過ぎず、その後間もなく両者の間は融和して旧と変ることがなかったことが認められるから、これだけでは前記認定を動かすに足りない<省略>。
二、(一) 控訴人は、本件預金債権(書替前の特別定期預金を含む)は無記名債権であると主張するが本件の特別定期預金がいわゆる無記名定期預金であることは弁論の全趣旨から明らかであり、かかる無記名定期預金債権は無記名債権でなく、一種の指名債権であるというべきことは明らかであるから(最高裁判所昭和三二年一二月一九日言渡判決、民集一一巻一三号二二七八頁参照)その譲渡にあたってもその方式と効力は指名債権の譲渡のそれに従うわけであり、この点の控訴人の主張は採用できない。
(二) 成立に争ない甲第一、第二号証の記載と原審及び当審証人熊崎八太郎の証言をあわせれば本件預金債権につき被控訴相互銀行の承諾なくして譲渡、質入ができない旨の特約が付されていることそのことはその預金証書(甲第一、第二号証)に明記されていることを認めることができるところ、原審における控訴人本人尋問の結果に前認定の事実をあわせれば、控訴人は茂兵衛から書替前の本件預金債権の贈与を受けた際右預金証書の保管場所の指示を受け、以後茂兵衛と控訴人がこれを共同占有していたと認めることができるから、反証のない本件では控訴人は右譲渡禁止の条項を了知していたものと推認すべく、仮に控訴人が預金債権を有効に譲り受けたと信じたとしても、控訴人にはかように信ずるにつき過失があったというほかはない。従って被控訴人は右特約をもって控訴人に対抗し得べきことは明らかである。
(三) 控訴人は被控訴相互銀行においては本件預金債権の譲渡につき承諾をした旨主張する。この点につき控訴人の右主張にそうような<省略>は、原審(第一、二回)及び当審における証人熊崎八太郎の証言に照らして採用しない。その他に右認定を動かすに足りる証拠はない。かえって当審並びに原審(第一回)における証人熊崎八太郎の証言によれば、被控訴相互銀行は支店限りで特別定期預金債権の譲渡の承認をし得るものとはせず、必らず本件の承認事項に専属せしめていることが認められるところ、被控訴相互銀行沼田支店において本店に対しその承認を求める手続をしたこと、またこれに対し本店から承認があったことをうかがうべき証拠は何一つなく、かような事実に<省略>を綜合すれば、茂兵衛は前記のように昭和三二年一一月一九日被控訴相互銀行沼田支店において、従前の特別定期預金を満期の到来により一部払戻し、残余を書替えて本件預金債権二口とすることとし、同預金証書(甲第一、二号証)が作成されたが、その際同支店長熊崎八太郎に対して「若し自分が来られないときは控訴人を差向ける」旨を述べ、熊崎もこれを承認したものであるが、その趣旨は、本件預金の満期の到来の際に茂兵衛が病気等の差支えにより来店できないときは控訴人を寄越すということを述べたにすぎず、少くとも熊崎はかような趣旨で理解し、これを承認したものであることが認められる。してみると熊崎の右承認には前記特約にかかる債権譲渡の禁止を解除する旨の承諾の意思表示を包含するものではないことが明らかである。
三、そうだとすると入沢茂兵衛と控訴人との間の本件預金債権の死因贈与は本件預金契約に定めた特約の効力により債務者たる被控訴相互銀行の承諾のない限り債権移転の効力はないものというべく、これが茂兵衛と控訴人間、従って茂兵衛の相続人と控訴人間に一の債権的効力を有すべきか否かはともかくとして、控訴人が被控訴人に対し本件預金債権を有効に取得したことを前提とする控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。これと同趣旨の原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を理由のないものとして棄却することとし、<以下省略>。